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小屋暮らしの日記 byいちの木

築50年、昭和~~な小屋をせっせとリフォームしながら暮らしてます! なるべく働かず、いろいろやって生きてます。

原爆の日がちかい

介護のおしごと

暑い日が続きます、

明日から8月かーーーー。

 

訪問介護を始めて2ヶ月が過ぎようとしています。

たいてい掃除や料理のお手伝いで

1時間が過ぎていくのだけど、 おしゃべりをしたい人もいます。

 

新聞の記事がきっかけなのか

この暑さで思い出すのか、

原爆の体験を話す利用者さんもいます。

ここは広島市 しかも市中心近くです。

 

14歳で、学徒動員で集められていたところに火事。

その時はとても爆弾だなんてわかりませんから

ひどい火事で真っ黒な煙と炎でいっぱいで、

飴のように溶けたアスファルトの上を

いつの間にか下駄がぬげてしまっていたので

はだしで逃げた。

友達としっかり手をつないで

お母さんに会いたくて、泣きながら走った。

 

目の前の年老いた人は

14歳のセーラー服の少女となって

その時の恐怖を伝えてくる。

その時見たもの、

おねえさーん助けてーー、と 倒れた家の下敷きになった人に呼ばれたけど

大きな梁の下にはさまってとても助けられん。

感受性の強い時期に放り込まれた最悪の日々。

その後何十年も繰り返し繰り返し思い出してきたんだ。

風化とは無縁の実体験。

福島の放射能のニュースを見ても 身体のことが心配で怖い。

 

最近キナ臭いニュースが多い。

けれども、ガザにしたって現地の人にとっては

かつてから連続していた最悪な日々。

それが自分と、自分の子供の世代の日々にとってかわるかもしれない。

 

私もひとつのブレーキとして

出番ではしっかり利くブレーキであるように

準備しておこう。

 

広島育ちは

なにかというと原爆資料館に連れて行かれた。

大嫌いだった

本当に気分が悪くなってゲボ吐きそうになる。

横浜に引っ越して、高校の卒業旅行が広島、

またもや原爆資料館に連れて行かれたときは

しつこいなにか悪い冗談でしょ、という感じ。

「気分が悪くなるので外で待ちます」と自己主張。

あれが近寄った最後。

 

行ってみようか、原爆資料館

母となって、感受性にも分厚い皮ができて

このキナ臭い世の中。

冗談ではすまなくなる前に。

いま、改めて行く時期なのかもしれない。