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小屋暮らしの日記 byいちの木

築50年、昭和~~な小屋をせっせとリフォームしながら暮らしてます! なるべく働かず、いろいろやって生きてます。

個人を成り立たせているもの

介護のおしごと

 

いつも訪問している利用者さんの体調が悪く

朝一で受診に行く、というので、

急遽、病院付き添いの仕事が入った。

 

ご自宅に着いて、戸を開けたら

先日よりだいぶ見た目にも変化があり

苦しそうなのだが

まだまだしゃべるしゃべる、

しぶといのだ。

 

一緒にタクシーに乗り、かかりつけ医へ。

 

待合で、看護師相手に早速文句が始まった。

まぁ、息が苦しいのに、要領の得ないロレツでしゃべるしゃべる。

対応している看護師は

いつものことだ、といった態度で

 

「でもね、そう言ったってなになになのよ、事情はこれこれなのよ」

と、子供にでも言いきかすように

正論で言い負かしながらチラチラと

「あなたもこのばあさんに手を焼いてるでしょ」

という、私達同じよね、という微笑みを投げてくる。

 

私は笑わない。

 

 

 

現在、訪問介護という仕事を気に入っているのは

老人が、個人として見えるところ。

 

家の中のガラクタや

日常使いの汚れた食器や

かつて現役時代に使っていたものであろう

仕事の名残や

そんなこんなが、みっちりと充満している空気から

その人の存在が色濃く見えてくるのだ。

 

最初は圧倒されたけれど

次第に

これらを含めたすべてが付随してこその個人なのだ、

と、感じるようになった。

長い歴史を背負った個人を構成する物の数々。

 

 

かつて、老人介護施設という所で働いていた経験からの印象。

 

そこに身一つで集められた老人たちは

もちろん名前くらいはまだ張り付いてはいたが

それはデータの一部であり

個人の凸凹は無視され

時間と管理と営業に漂白された

動きの遅い

ただの汚い人として扱われていた。

 

トラブルを起こし、効率よい一日の業務を中断させる

腹立たしい存在。

サービス提供者側の都合が優先されがちな現状。

 

 

訪問介護サービスになると立場が逆転する。

家の主がどっかと構える縄張りに入り

決められた仕事のみではあるが

その人の求めに沿う様に行う。

 

時間に追われ、ヘルパー本位になり

猫なで声の、早口でまくしたて、先へ先へと急ぎ

相手のペースを無視した態度を

彼女は嫌った。

 

自分の家に居るのに落ち着かない

イライラする、と事務所に苦情を上げる。

 

文句の多い、とても対応の難しい利用者なのだ。

私も散々ダメ出しをされて

周りに悪口を言いふらされてきた。

 

だが、言うことには理があり

当たり前の要求であり

その通り

と、私には思われる。

 

かなり高齢まで仕事を続けていた彼女は

仕事を円滑に進めたい者の事情も知っている。

仕事では評価や数字を追うこともわかっている。

ヘルパーとは仕事上でのつきあいなのだから

どこまでが境界なのかも分かっている。

だけど、

身体が思うようにならない苛立ちを、

若いものの理解と配慮のないやりきれなさを

表現せずにはいられない。

 

自分の生きてきたやり方を

簡単に無視され、怒っている。

 

一年以上も通う中で

私達は互いのありかたを認め合い

私は縄張りに入っても許される存在となった。

 

むき出しの暴力と無秩序の中を生き延び

なお今を、なんてことない顔で生きている

まるごとそこに生きて

その体験を伝えてくれる存在を

私はありがたく思っている。

 

私の感情は多分、入り込みすぎている。

 

 

 

その人は看護師が去った後、小さな声で

「はがいー」

と、つぶやく

 

しかし、診察室へ入れば

普段、影でものすごい悪口を言っているかかりつけ医に対し

別の人格になって

「先生が頼りなんよ、」という老人役に自分を落とし込む、

私の知らない彼女が顔を出す。

 

検査の結果、前回入院した時よりも数値が悪く

そのまま入院の運びとなり

そこからタクシーで直接大病院まで向かう。

 

「私、バカみたいじゃ、と思うじゃろ?」

外に出るということは

それに合った役どころを要求されていると

彼女なりに合わせているのだ。

 

 

久しぶりに街へ出た、と車窓から辺りを眺めて

「ああ、あそこには川が流れとったんよ、

ここにはまだ電車は通ってなくて、」

と、かつての広島の街を再現してしゃべり続ける。

 

 

病院のエントランスで降り、

車いすを勧める私に

「自分で歩いてみたいねぇ」

と言って、一本杖を使いながら5段ほどの階段を登りきり

待合のソファーまで歩き、少々休憩の後、

長いロビーを突っ切って、治療室まで自分の足でたどり着いてしまった。

 

できることは自分でやる

というプライドを持って。

 

 

大きな病院の専門の施設に入り

身体的には一安心だ。

 

天井の高い、ピカピカの大病院

機械のならぶ明るい救急治療室のベッドの上で

知らない看護師にあれこれ訴えてはいるが

その人は

少しずつ私の知らない彼女に、

ただのおばあちゃん、

患者さんになりつつあった。