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小屋暮らしの日記 byいちの木

築50年、昭和~~な小屋をせっせとリフォームしながら暮らしてます! なるべく働かず、いろいろやって生きてます。

8月が終わる

 

寒い。

 

あんなに暑かったのに

窓開け放しでやっと眠れるくらいだったのに

ここ数日、

小屋の夜は外気と同じくらいの気温で

寝袋が欲しくなった。

 

毎年、8月が終わると寂しくなる。

 

夏が好きなことが一番の理由だろうけれど

8月は私の知らない過去に思いをはせる月でもある。

 

 

原爆の日があって

終戦記念日があって

インドネシア独立記念日がある

 

 

nyonya-c.hatenablog.com

インドネシアに住んでいた頃は

周りは政治や社会について

話す人にことかかなかったもんですが。

 

 

 

去年の夏は

こんな日本も変わるんじゃないかって期待が大きくて、

デモに出たりしてたんだなぁ。

 

ユニオンや弁護士会

所謂左翼の人達の集まりやイベントに参加して

お手伝いとかも買って出て

 

でも、何か月か経つうちに

なんとなく違和感で、

居場所が違うような気がしてすごく疲れた。

 

集まっている人達、

全てと話をした訳ではもちろんないけれど

 

正しい方に加担してるって安心感で

一緒に動くだけで良い事してる気になってる人、いる。

 

ブサヨとか脳内お花畑と言われても仕方ないような事言う人、いる。

 

広島人だってだけで、

なんか平和特使であるかのような気になってる人、いる。

 

被爆2世であることで

自分の言う事やる事が正しいと思い込んでる人、いる。

 

 意見を言いたがりの人、たくさんいるけど

議論がかみ合わない、

自分の正当性や自慢に始終して

時間内に話しが進まないし終わらない。

 

どこにも向かっていない。

 

この人達、何十年もこういう繰り返しをしてきたんだろうか?

これ、粘り強い活動というのだろうか?

コアになっている人達にはまた別の世界があるんだろうか?

なんだかおかしいよ。

 

すっかり足が遠のいた。

 

熱が引いたようになったけれど

世間様もその様子で

東京都知事選が終わって

残り火がきれいに消えたかのように見える。

 

私は 無関心でもなく、関心から動くこともなく、

日常をせっせと生きている。

 

それが寂しい気がする一つでもある。

 

 

 

 

世間の大きな流れに目線をむけつつも

自分は自分の暮らしを作るのが仕事だもの。

 

大きな流れになるべく巻き添えにならないように

ふらつかない強さを持てるように

自分の手でできるだけ、

自分で分かるように作っていく。

 

そうやって、自分の食べることは自分でできる力を

蓄えていこう。

日常をしっかり生きること。

 

8月はそんな気持ちを新しく

確かめる月でもある。

 

 

 

んーーーー、稚拙だけど

今年の夏の記録としてアップ。

これはこれでありでしょう。